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東京高等裁判所 昭和50年(う)1020号 判決

被告人 高田恵造 外四名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人川中修一作成の控訴趣意書に記載してあるとおりであり、これに対する答弁は、検察官西村常治作成の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

控訴趣意第一点について。

論旨は要するに、被告人佐々木に対する原判決は押収してある鉄パイプ一八本及び同一五本を、同被告人を除く被告人らに対する原判決は、右のほか押収してある鉄パイプ二一本及び同一二本をそれぞれ証拠として挙示しているが、これらはいずれも違法な押収手続によつて収集された証拠であつて、証拠能力がないものであるから、これらを証拠として犯罪事実を認定している原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果をも併せて検討すると、原判決挙示の各証拠、被告人高田及び同渡辺の原審及び当審公判廷における各供述並びに証人菊地常三、同鈴木三郎及び被告人片岡の当審公判廷における各供述を総合すれば、つぎの事実が認められる。すなわち、

(1)  昭和四九年二月五日横浜市南区清水ヶ丘一二番地所在の横浜国立大学に革マル系の学生六〇名位が集結していて、鉄パイプを持つて東京で行なわれる集会に向かう旨の情報に基き、神奈川県警察の機動隊員約八〇名が出動し、そのうち一個小隊の二七、八名が前記大学正門前から約七〇メートル離れた原判示の地点付近路上において、同日午後一時五〇分すぎころから、同大学から出て来る、車両に乗車した者を含めて学生とみられる者を対象として職務質問を開始したこと、

(2)  被告人高田、同片岡、同佐々木は菊地常三運転の個人タクシー(以下、菊地車という。)に乗車し、被告人鈴木及び同渡辺は他一名とともに鈴木三郎運転の個人タクシー(以下、鈴木車という。)に乗車して、相次いで前記大学構内を出て同日午後一時五八分ころ同大学正門前路上の前記地点付近にさしかかつたところ、右両車の前方を進行していた車両が機動隊員によつて停止させられ、その車両から鉄パイプが発見されたので、後方の車両も停止させるよう指揮を受けた機動隊員数名が、被告人らが乗車したタクシーに近寄り停止させたこと、

(3)  機動隊員の村井孝夫は、菊地車の後部座席右側のドアをあけ、そこに乗車していた被告人高田に対し、まず行先を尋ねたが、同被告人は何も答えず、膝の上にたて三〇センチメートル、よこ六〇センチメートル、高さ二〇センチメートル位の大きさの包装紙にくるんだ箱状のものを手で隠すようにして持つていたので、「その中身は何か」と尋ねたが、同被告人が答えないので、右村井が「中身を見せてくれないか」というと、同被告人は「見せることはない」と答え、このようなやりとりを数回くりかえした後、右村井は、同被告人の態度等からみて、その持物の中に兇器が隠されているのではないかと考え、同被告人に対し、その持物を「持たせて呉れないか」というと、同被告人は何も答えなかつたけれども、とくにこれを拒否する態度も示さなかつたので、その持物の下から手を入れて持ち上げてみたところ、ずつしりと重く、またゆすつてみると、何かぶつかるような鈍い音がして、破れたダンボール箱のすみから水道の蛇口のような金属性のものが見えたので、鉄パイプが隠されていることを直感し、同被告人を下車させて警備車まで連れてゆき、兇器準備集合の現行犯として同被告人を逮捕したうえ、ダンボール箱を開いたところ新聞紙に包んだ鉄パイプ一八本がはいつていたので、これを押収したこと、

(4)  機動隊員の林正樹は、菊地車の後部座席左側のドアを運転手にあけさせ、そこに乗車していた被告人片岡に対し、まず行先を尋ねたが、同被告人は何も答えず、膝の上に幅三〇センチメートル、長さ五〇センチメートル位の布製のボストンバツグを抱きかかえるようにして持つていたので、「中身を見せて呉れないか」というと、同被告人は「見せる必要はない」と答え、このようなやりとりを数回くりかえした後、右林が「外へ出て呉れ」といつたところ、同被告人ははじめは出ようとしなかつたが、右林が同被告人の腕に手をかけて「出て呉れ」といつたところ、同被告人はとくに抵抗することなく下車したので、再度「バツグの中身を見せて呉れ」といつたが、同被告人は何も答えなかつた。そこで右林は、「バツグに触わらせて呉れないか」といつたところ、同被告人は何も答えず、とくにこれを拒否する態度も示さなかつたので、バツグに外側から触れたり、持ち上げてみたところ、一〇キログラム位の重さが感じられ、また金属性のものが当るような音がしたので、鉄パイプがはいつていると感じ、同被告人を警備車の中へ連れてゆき、兇器準備集合の現行犯として同被告人を逮捕したうえ、バツグの中身を調べたところ、新聞紙に包んだ鉄パイプ一五本がはいつていたので、これを押収したこと、

(5)  機動隊員の大園保裕は、鈴木車の後部座席左側のドアを運転手にあけさせ、そこに乗車していた被告人鈴木が、膝の上にたて五〇センチメートル、よこ二五センチメートル、高さ一〇センチメートル位の大きさの包装紙に包んだものを持つていたので、「その包みは何ですか」と尋ねると、「卒業生に贈る時計だ」と答え、「中をあけてみせて呉れないか」というと、同被告人は「そんなことできるか」といつていたが、右大園が右の包みに触れようとしたとき、同被告人は包みを持ち上げるようにし、右大園が触れるのを拒否するような態度も示さなかつたので、右大園は右の包みを両手で持上げてみたところ、一〇ないし一五キログラム位の重さに感じられ、その重量から考えても、とても中身が時計であるとは思われず、さらにゆすつてみると、ごつごつした感触があつたので、中身は鉄パイプであると思い、同被告人を下車させて警備車まで連れてゆき、兇器準備集合の現行犯として同被告人を逮捕したうえ、ダンボール箱の中にあつた新聞紙に包んだ鉄パイプ二一本を押収したこと、

(6)  機動隊員の徳永博司は、鈴木車の後部座席右側のドアをあけ、そこに乗車していた被告人渡辺に対し、まず行先を尋ねたが、同被告人はこれに答えず、膝の上に幅四〇センチメートル、高さ三〇センチメートル位の布製のバツグを両手でかかえるようにして持つていたので、「中身は何ですか」と尋ねると、同被告人は「下着だけです」と答えたが、「中を見せて呉れないか」というと、蓋をめくるとすぐ中のものが見える構造になつているバツグの蓋を同被告人があけて見せたので、中を見ると、よごれた軍手や靴下やワイシヤツ等がはいつていた。そこで右徳永は「さわつていいですか」というと、同被告人は何も答えず、とくにこれを拒否する態度も示さなかつたので、右徳永はまずバツグに外側から触れてみたところ、底の方に金属のようなものがはいつている感じがしたので、さらに「バツグの底は何ですか。見せて下さい。」といつた。すると同被告人は、上の方に入れていたものを少し手でのけたので、右徳永は同被告人が明確に拒否する態度を示さなかつたので、「さわつていいですね」といいながら右バツグの中へ手を差し入れて底の方に触れてみると、新聞紙で包まれた棒の様なものがあつたので、鉄パイプであると思い、同被告人を下車させて警備車まで連れてゆき、兇器準備集合の現行犯として同被告人を逮捕したうえ、バツグの中身を調べたところ、バツグの一番底の方に新聞紙で包んだ鉄パイプ一二本がはいつていたので、これを押収したこと、

以上の各事実が認められ、右認定に反する被告人らの供述証拠は他の証拠と対比して信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そこで右のような認定事実に徴して考えると、被告人らがそれぞれ持物の中に鉄パイプをひそませて所持していることが、前記のような情報のほか前方を進行していた車両から現実に鉄パイプが発見されたことによつて客観的にもその蓋然性が高められた状況にあつたのであるから、機動隊員らが、被告人らに対し、その持物の中身について尋ね、また被告人らの応答によつては不審な点が解消されず、被告人らがこれを明確に拒否する態度を示さなかつたためその持物の外側から触れ、あるいはこれを持ち上げる等したことは本件においては、職務質問に伴う附随行為として許容されるものというべきである。

もつとも、機動隊員の徳永博司は、被告人渡辺が所持していた布製のバツグの中身を確かめるに際し、前記認定のとおりバツグの外側から触れてみただけではなく、さらに進んでその中へ手を差し入れて底の方に触れ、新聞紙に包まれた棒の様なものがはいつていることを確認したのであつて、この後者の行為は、職務質問に伴う附属行為として許容される限度を超えているとみられる余地がないではない。しかしながら、右徳永は前記認定のとおり、いきなりバツグの中へ手を差し入れたわけではなく、前記のような情報や前方の車両から現実に鉄パイプが発見されたという状況があつたうえに、バツグの外側から触れたところ、底の方に金属のようなものがはいつている感じがしたので、右バツグの中に鉄パイプがはいつている蓋然性がますます強くなつたため右の行為に出たものであること及び同被告人が持つていたバツグが蓋をめくるとすぐ中のものが見える構造になつており、右徳永がバツグの中へ手を差し入れて底の方を確かめようとしているのを同被告人が明確に拒否する態度を示さなかつたこと等の本件における具体的な事情を勘案すると前記徳永のバツグの中へ手を差し入れて底の方に触れた行為が、その後になされた同被告人を兇器準備集合の現行犯として逮捕したうえ、所携の鉄パイプを押収した手続を違法ならしめる程の違法性を有するものとは認めることができない。

そして、機動隊員らは、被告人らの持物に触れ、あるいは持ち上げてみたところ、いずれもその容積に比して異常に重く(ちなみに当裁判所で計量した結果は、被告人高田から押収のダンボール入り鉄パイプ一八本(当庁昭和五〇年押第三八〇号の一)は、一〇・五キログラム、同片岡から押収の鉄パイプ一五本(同押号の二)は、八キログラム、同鈴木から押収のダンボール入り鉄パイプ二一本(同押号の四)は、一二キログラム、同渡辺から押収の鉄パイプ一二本(同押号の五)は、四・五キログラムである。)、またその感触からみて、鉄パイプがはいつていると感じ、被告人らをそれぞれ兇器準備集合の現行犯として逮捕したうえ、所携の鉄パイプを押収したものであつて、以上のような本件鉄パイプの各押収手続に所論のような違法があるとは認めることができない。

そこで本件鉄パイプの各押収手続が違法であることを前提とする所論の主張は、その前提を欠き採用することができず、所論にかんがみさらに記録及び証拠を精査しても、原判決に所論のような訴訟手続の法令違反があるとは認めることができない。論旨は、理由がない。

控訴趣意第二点について。

論旨は要するに、被告人らは本件鉄パイプを処分する目的で運んでいたのであつて、携帯するにつき正当な理由があつたのに、これを認めなかつた原判決には、事実誤認若しくは法令適用の誤があるというのである。

そこで記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果を併せて検討すると、被告人らは原審及び当審公判廷において、処分するために本件鉄パイプを所持していたと述べるのみで、それ以上に「何処へ持つてゆくつもりだつたのか」等の具体的な質問に対しては一切供述せず、被告人らがどのように処分する意図であつたか等については全く不明であること、被告人らの原審公判廷における供述によれば、本件当日被告人らは日比谷における集会及びデモに参加しようとしていたのであつて、これに出向くに際して本件鉄パイプを持ち出したものであること及び前記認定のようなその携帯の態様等にかんがみると、本件鉄パイプを処分する目的で持ち出したという被告人らの供述はたやすく信用することができず、前記のような諸事情のほか原判決挙示の関係証拠を総合すると、被告人らの本件鉄パイプの携帯につき正当な理由がなかつたことは明らかであるといわなければならない。そこで所論の前記主張を認めなかつた原判決に所論のような違法はなく、論旨は、理由がない。

控訴趣意第三点について。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するものである。

そこで記録を精査して考察すると、被告人らは原判示のとおり、共謀のうえ、正当な理由がなく長さ約二五ないし約五三センチメートル、外径約一・二ないし約二・六センチメートルの鉄パイプ(継ぎ目で連結することが可能なもの)一二本ないし二一本を新聞紙で包んだうえ、ダンボール箱又は布製バツグの中に隠して携帯していたものであつて、右の鉄パイプは、その材質、形態及び重量等に徴し、他人の生命、身体に重大な危害を加えるのに使用され得る器具であり、右のような物の性質及び携帯の態様等にかんがみると、被告人らの犯情は軽視することができない。そこで被告人らが学生であることその他所論の主張を含めて本件に現われた量刑の資料となる事情を考慮に入れても、被告人らに対する原判決の量刑が重きにすぎて不当であるとは認めることができない。また被告人鈴木の刑が他の被告人らの刑に比して重く、被告人佐々木の刑が他の被告人らの刑に比して軽い点についても、前者は刑の執行猶予中の犯行であること及び後者はみずから鉄パイプを携帯していなかつたことにかんがみると、理由がないわけではなく、いずれも不当とはいえない。それで論旨は、理由がない。

そこで本件各控訴はいずれも理由がないから、刑訴法三九六条により棄却することとし、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書により被告人らに負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 環直弥 小泉祐康 内匠和彦)

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